池田龍也 の ちょっと気になるニュースから 【第20回】~プライマリーバランスのバランス感覚~

マイアドバイザー® 池田龍也 (イケダ タツヤ)さん による月1回の連載コラムです。

【第20回】 池田龍也 の ちょっと気になるニュースから ~プライマリーバランスのバランス感覚~

池田龍也プロフィール

▼ 「単年度の黒字化」は取り下げる

高市政権になってから、様々な変化が起きていますが、中でも大きなもののひとつが、プライマリーバランスの考え方です。

基礎収支の黒字化「数年単位で確認」 単年度目標取り下げ(11月7日)
高市首相は7日の衆院予算委員会で、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標について「単年度のPBという考え方は取り下げる」と述べた。「数年単位でバランスを確認する方向に見直すことを検討している」と語った。

(官邸ホームページより)

 

▼ 財務省がいう財政健全化とまったく逆

首相は「責任ある積極財政」を掲げていますが、積極財政ということは支出を増やすことになりますので、これまでなら「財源はどうするんだ」という議論が当然出てきます。財務省がずっと主張している赤字体質からの脱却、財政均衡主義から考えると、逆の方向へハンドルを切ろうとしているわけです。 

▼ プライマリーバランスとは?

財務省の説明から引用。歳出予算のうち、国の借金となっている国債の元本返済や利払いの経費を除いた政策的経費を単年度ごとに税収でまかなえるようにバランスをとる、収支をトントンにする、これをプライマリーバランスの黒字化といっています。

財務省「これからの日本のために財政を考える」より
https://www.mof.go.jp/policy/budget/fiscal_condition/related_data/202504_kanryaku.pdf

財務省はこの資料の中で、「借金」の問題点として、以下のように説明しています。

日本では、歳出と歳入の乖離が広がり借金が膨らんでおり(中略)将来世代に負担を先送りすることになります。リスクは主に以下の3点。
・国債や通貨への信認が失われるリスク
・負担の先送り
・財政の余力(ゆとり)が少なくなる

▼ プライマリーバランスの黒字化の目標

政府は、ずっと、そのプライマリーバランスの黒字化を目標にしてきました。2018年以前は2020年度に黒字化、を目標にしていましたが、達成できそうもなかったので、2018年、黒字化目標を、2020年度から5年延ばして2025年度に先送りしました。これをどうするかも政府の課題になっています。

冒頭でご紹介しました「『単年度の黒字化』」は取り下げる」という議論も、こうした背景があって注目されているわけです。「高市発言」は、これまで堅持してきた「黒字化目標」を、いったん脇に置く、ということなのではないか、と。

▼ 高市政権になって変わったこと

財務省出身の片山さんが財務大臣になって、赤字を前面に出して強調してきた財務省の表現が変わり始めたのも大きな変化です。

片山財務大臣 11月4日の記者会見
税制事情のパンフレット、債務残高についても粗債務、純債務、とり方もいろいろある、そういうものの考え方になってきて、科学的、冷静、客観的、でなければいけない。

ということで、財務省がこれまで使っていた表現、「世界最高の債務残高対GDP比」という、ことさらに赤字を強調する言い方については、考え直そうではないか、というわけです。

高市政権が唱える「責任ある積極財政」、戦略的財政出動の政策に対する片山財務大臣からの強力な「援護射撃」になっています。新旧の財務省の説明を比較しますと以下のようになります。

(新版)
日本の財政関係資料(令和7年10月)
プライマリーバランスの国際比較(対GDP比)
諸外国と比べても突出した水準となっている債務残高対GDP比を安定的に引き下げていくためには、
PBの黒字化が必要です。我が国のPBは新型コロナウイルス感染症への対応のため、令和2年
(2020年)は大幅な赤字となりました。その後、改善傾向にあるものの、赤字が続いています。
(旧版)
日本の財政関係資料(令和7年4月)
プライマリーバランスの国際比較(対GDP比)
世界最高の債務残高対GDP比水準を抱える我が国においてこそ、PB黒字化を達成する必要性は高
いですが、フロー収支でみて我が国の財政運営は引き締まったものとは言えません。また、新型コロナ
ウイルス感染症や物価高騰等への対応のため、令和2年(2020年)以降は大幅な赤字となっています。

「責任ある積極財政を推進する議員連盟」も活発に

国会議員の中にも、こういった組織があります。なんと、ホームページの写真には、日銀の前総裁黒田東彦氏の顔も見えます。ご興味がある方はホームページをご覧ください。専門の研究者、学者を招いた勉強会の様子が動画も含めて紹介されています。
議員連盟のホームページ https://sekkyokuzaisei.jp/

▼ 緊縮財政を唱える財務省への批判

「ザイム真理教」という本が手元にあります。2年前に出版された本です。著者は経済アナリストの森永卓郎氏。

「財政赤字は悪」という財務省のお題目、いわば「教義」を、「ザイム真理教」という言い方で皮肉っぽく表現しました。財務省が主張する財政均衡主義を真正面から批判するものだったので、出版を引き受けてくれる出版社がなかなか見つからなかったといういわくつきの本です。

ポイントは、財務省は借金だけを強調して1661兆円、国民一人当たり823万円の借金、というけれど、国が保有する財産も1121兆円あるので、差し引きで540兆円の赤字というのが実態。これは先進国の中で比較しても、それほど突出している数字ではない、という説明。

官邸を財務省が支配して、緊縮財政となると、歳出削減、経済活動にはブレーキがかかり、財源が厳しくなる。結果は、増税、社会保険料の負担増加につながっていく。国民の手取り収入は減り、生活も結婚も厳しくなる。少子化も加速、という内容でした。だから経済を活性化するためには、「ザイム真理教」に引きずられてはいけない、という森永氏でした。

▼ プライマリーバランスのバランス感覚

冒頭の高市発言のあと、メディアの反応は、一様に財政健全化、黒字化目標の旗印を降ろすべきではない、というものでした。まるで財務省の代弁者のような社説が揃い踏みとなりました。以下は主要新聞の社説のタイトルです。

黒字化目標の転換は責任なき積極財政だ(日経新聞)
国の財政目標 緩める動き、慎んで(朝日新聞)
財政健全化目標 成長と両立させる道筋を示せ(読売新聞)
財政健全化目標の後退 無責任な歳出拡大危ぶむ(毎日新聞)
基礎的財政収支 単年度主義を堅持せよ(東京新聞)

このような状況の中で、積極財政を強力に進めようとしている高市政権、積極財政か緊縮財政か、という議論は、二者択一ではない時代になってきたようです。緊縮財政のご本尊の財務省でさえ、片山新大臣のもと、これまでのやり方を変えようとしています。メディアは財務省の応援団、という構図になっていますが、メディアが応援していると思っていたら、その財務省がいつのまにか変わっていた、ということにもなりかねません。

歴史を紐解くと、プライマリーバランスの黒字化は、小泉首相の時に目標となり、すでに四半世紀が過ぎているそうです。失われた30年と連動するように、目標は先送り。アベノミクスの10年、超金融緩和政策でデフレ脱却を目指したものの、それもまだまだという状況。積極財政か緊縮財政か、という二者択一ではない発想を、といっても簡単ではないと思いますが、ここまできたら、「財政健全化」というお題目を唱えているだけでなく、何かをやろう、そのために議論しようという流れは歓迎すべきなのかなあという気もします。

 

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