岡本英夫のFPウオッチャーだより 第53回 FPを志す人たちの流れ

マイアドバイザー® 顧問 岡本英夫 (オカモト ヒデオ)さん による月1回の連載コラムです。
ファイナンシャル・アドバイザー(近代セールス社;2022年春号以降休刊)の初代編集長として、同誌でも寄稿されていたエッセイの続編的な意味合いのあるコラムとなります。

岡本 英夫 ⇒ プロフィール

先覚者たちがFPを名乗った時代

 わが国にFPが根ざしつつあった時代を支えたのは、井畑敏氏を中心とするMMI関係者だ。以前にも述べたが目黒政明氏、浅田里花さん、亀井幸一郎氏は証券会社出身で、金融分野を専門とするわが国FPの草分けだ。深野康彦氏はクレジット会社の出身だがMMIを経て独立したこともあってやはり資金運用分野に詳しい。浅井秀一氏や中村芳子さんも初期のMMI出身者である。FP資格ができる前から、FPと名乗り、FPとして認められていた。現在も活躍中の人がほとんどである。
 同じ時期、FP業界をけん引されたのが天野隆氏や山田淳一郎氏、岩崎善四郎氏などの会計士・税理士である。会計人FPはその後のTKCグループなどにも影響を与え、現在もFP業界の一方の雄である。会計人なのでFP資格が必要というわけではない。銀行員では三和銀行が設立したプラザ21の田中英之氏、武田米生氏、有田敬三氏が初期のFPだ。他の銀行や信託銀行でFP業務に携わった人も多いが、人事発令なので外部のFP研修を受けていても、他部門に異動すればFP業務からは遠ざかることになる。
 ライター出身の小野英子さんは初期のFP業界をリードされた。畠中雅子さんもマスコミに登場されていてWAFPの設立にも寄与されている。関西の石津史子さん、九州の森恵子さん、北陸の高橋昌子さん、広島の高橋佳代子さんなども初期のWAFPのメンバーである。FP協会の前身であるダイヤモンド・ファイナンシャルプランナーズの研修を受けた人もいるが修了者=FPではなかった。マイアドバイザー®の嶋田雅嗣氏はこの研修終了後、1993年の第1回CFP試験に合格されている。この流れをたどった人も多い。

1997年の金融危機、生保危機で人材が流動化、FPの道に進む人も

 1997年、三洋証券、山一證券、北海道拓殖銀行が破綻した。翌年には日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が公的管理に移行した。この金融危機で人材が流動化、多くの人材が転職を余儀なくされたが、三洋証券、山一證券からは翌1998年に投信販売を控えた銀行業界への道があった。当時、銀行に投信販売の取材に行くと、両証券から転職した担当者に合うことが多かった。日興証券でFP部門を指導されていた神戸孝氏、福田啓太氏はFPアソシエイツ&アソシエイツを設立、設立パーティの司会が和泉昭子さんだったと記憶する。
 同時期、確定拠出年金制度の導入が明らかになる。証券業界退職者の中には確定拠出年金導入に伴う投資教育会社を設立、あるいはFPとして実際に投資教育に携わる人も。保険業界も相次ぐ保険会社の破綻、生損保相乗り、第3分野の解禁などで人材の流動化が進んだ。こうした中、2001年7月、日本FP協会がNPO法人として認可され、さらに2002年にFP技能士制度がスタートする。多くの予備校、人材派遣会社等がFP協会の認定教育機関となり受講生を集めたが、そのため講師陣が不足がちになる。
 保険会社や証券会社等を退職した実務に詳しい人たちがFP資格を取得後、講師を依頼される。テキストや問題集も執筆・制作し、書店にはFPコーナーができるようになる。講師業、執筆業に加えて相談業務も行い、FPとして収入を得ていく。竹下さくらさん、吹田朝子さん、豊田真弓さん、八ツ井慶子さんともこの頃知遇を得た。また、小野英子さんの事務所では藤川太氏を紹介され、浅井秀一氏から菱田雅生氏、生活設計塾クルーで内藤眞弓さん、深田晶恵さんと会ったのも1990年代の後半である。

日本FP協会の会員登録数の拡大

 日本FP協会の会員数は1998年には2万人弱だったが、99年には4万人弱、2000年には7万人弱となり、02年には11万人を突破、その後も増加を続け、ここ数年は20万人前後で推移している。大学がFPカリキュラムを採用し、証券会社や生損保、不動産会社等がFP資格取得を奨励、人事考課の対象としたことも大きかった。一方で、銀行や信金業界は技能士資格誕生以後も金融財政事情研究会の資格試験を受講し続ける。ただし、銀行員は基礎知識があるため、問題集や過去問を学習して合格する人が多い。
 現在、FPは2極化している。FP資格の取得後、さらに確定拠出年金関連資格や住宅ローンアドバイザーなどの関連資格を取得し、簿記や宅建士、社会保険労務士、税理士などの資格を取得する人もいる。逆に、社会保険労務士や中小企業診断士、税理士などがFP資格を取得し、FP分野へ乗り出す場合もある。一方で、3級、2級技能士、AFPを取得したものの、そこでとどまっている人も多い。いずれにしても、FPの知名度が高まったことは確かである。
 2000年から26年が経過した。当時30歳前後でFPを取得した人たちは、50歳代半ばから60歳代となっている。油の乗り切った世代ともいえるが、年々老いていくことだけは確かである。筆者も今年、後期高齢者の仲間入りをした。若い世代も育ってはいるが、経験がモノ言う世界でもある。また、多少の難問でもAIに聞けば教えてくれる時代でもある。
FP協会の会員数が20万人前後で動かないのも、引退、脱会するFPと新規加入者が拮抗しているからだろう。当分、この流れが続くように思うが、いかがだろうか?

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