岡本英夫のFPウオッチャーだより 第55回 日本FP協会を退会しました。

マイアドバイザー® 顧問 岡本英夫 (オカモト ヒデオ)さん による月1回の連載コラムです。
ファイナンシャル・アドバイザー(近代セールス社;2022年春号以降休刊)の初代編集長として、同誌でも寄稿されていたエッセイの続編的な意味合いのあるコラムとなります。

岡本 英夫 ⇒ プロフィール

 去る10月7日、日本FP協会に退会届を提出した。理由は「高齢」としたが、だらだらと続けても意味がないと感じたからだ。入会日は2000年10月1日ということなので26年間在籍したことになるが、もともと仕方なくAFPの試験を受けて会員になったというのが正直なところで、当初はメリットもあったが、それもなくなったのでここ数年は「そろそろかな」と思いつつ、継続単位を取得し会費を払い続けてきた。

会員になった理由

 1990年代、㈱近代セールス社・近代FP協会は銀行、証券会社、生・損保、信用金庫、JA系統金融機関のFP研修を受託していた。その多くはセールス担当者が対象で、日本FP協会のAFP・CFP®試験とは無関係であった。それが、90年代後半になっていくつかの金融機関がAFP・CFP®試験を指向しはじめた。そこで日本FP協会の認定教育機関に登録し、AFP試験対策研修をおこなうようになった。

 その時点で筆者は、すでに日本FP協会に認定講師として登録していた。ところが、認定講師の要件が変わり、認定講座の講師ができるのはCFP®取得者か、講義をおこなう科目のCFP®試験合格者でなければならないということになった。そこで、2000年にAFP資格を取得・登録したうえで、翌年ライフプラン・リタイアメントプランのCFP®試験に合格し、主にFP概論とライフプラン、社会保険、リタイアメントプランの講義を担当するようになった。

 これが、日本FP協会の会員になった理由だが、当時、近代セールス社ではAFP資格の取得を奨励しており、ファイナンシャル・アドバイザー編集部を中心に数名がAFP試験に合格した。合格後、日本FP協会に会員登録をおこなえば会費は会社が負担した。FP研修受託は増え続けており、編集上のメリットがあったからである。現在は退職しているがCFP®取得者も複数名いた。

「2級FP技能士で十分」

 2000年当時、FP研修の受託は増え続けていたのだが、金融機関によってAFP資格に対する考え方は異なっていた。生命保険会社の社員・外務員教育ではAFP試験の合格、登録に力を注いでいたため、通信教育講座の受講に加えて、自社の研修所を試験会場に提供するなどしていた。ただし、単年度では数千名の受講者、受験者となるものの、翌年以降はジリ貧状態に陥るのが難点だった。

 銀行、信用金庫、JA信連等では、講座を修了しAFP試験に合格しても日本FP協会に入会する者は少なかった。合格したことを届け出れば、研修修了者として評価されたからである。これに輪をかけたのが2002年のFP技能士の制度化で、「2級FP技能士で十分」というのが多くの金融機関の考え方になった。その後、3級技能士資格が生まれたが、多くの金融機関は「あれは学生向けの資格」だととらえ、見向きもしなかった。

 現在、多くの銀行等ではFP研修自体が減少している。研修などおこなわなくても、2級FP技能士資格を奨励すれば、受験参考書や問題集をもとに、合格してしまうのが銀行員だからである。たとえ1級技能士、CFP®であっても、専担部署を除いて資格名を名刺に刷り込む金融機関は少ない。また最近は、個人情報の書かれた名刺交換も、控える傾向にある。自己紹介は胸に掲げたネームプレートで済ませることができる。

 ただし、銀行等を退職した技能士資格取得者がFP業務で身を立てようとすると、FP協会会員になるのが近道になる。元銀行員というだけでは知識や経験、倫理が担保されず、また、FP業務には人的ネットワークや顧客開拓のノウハウも必要で、日本FP協会の支部組織やスタディ・グループに所属することで信用と業務の幅を広げていくことが求められる。実はこれも日本FP協会の役割のひとつなのである。

FP認定書の提示を求められたことは一度もない

 筆者がファイナンシャル・プランナーという肩書で最初に活動したのは、1990年に当時の大正海上火災(現三井住友海上火災)が介護費用保険の発売に伴い設置された大正海上火災ライフサービスセンターから、契約者向けの相談業務の委託を受けた時である。弁護士や税理士などに加えて、週1回、ファイナンシャル・プランナーが相談を受けるというシステムで、勤務先から派遣された。

 その翌年、西武セゾングループの研修会社からの依頼で、企業のリタイアメント講座の講師をファイナンシャル・プランナーとして複数回おこなったが、先方の希望もあって雑誌編集長や金融ジャーナリストではなくファイナンシャル・プランナーの肩書を使用させられた。この時期、AFP・CFP®なる名称はなく(第1回CFP試験は1,993年)、マスコミでも井畑敏氏や小野英子さんなど、一部の人しか使用していなかった。

 後年、2012年から11年間「がんと暮らしを考える会」のファイナンシャル・プランナーの相談員として病院に赴き、がん罹患者とその家族からの相談に対応したが、この間、一度も日本FP協会のAFP認定証などの提示を求められたことはなかった。また、「ファイナンシャル・プランナーって何をする人ですか」と聞かれたこともない。これは、近年、地元公民館で相続やNISAの話をするときも同様である。

会員としてのメリット

 メリットの一つに毎月送られてくる「FPジャーナル」がある。ずいぶん前になるが、何度か執筆もしている。ただし、紙面構成については編集者目線での不満がないではなかったが、年会費の見返りと考えれば納得がいった。旧知のFPの執筆記事は楽しみだったし、良い記事や体験談に出会えることもあった。最近、月刊から季刊に変更されたが、そのために会員としてのメリットは大きく減少してしまった。毎月届くことに価値があったのである。

 また、FPフェアやスタディ・グループに参加すれば、それなりのメリットがあることは承知しているが、年代の違いからか、最近は困惑することが多い。同年代の仲間に会うことはなくなったし、敷居の高さを感じる。地元等で細々と活動は続けていくが、相談されても参考意見を述べる程度にしている。参考意見を述べる程度が気楽だし、却ってお役に立てているのかも知れない。

 ということで、日本FP協会は退会したが、FPウオッチャーとしてはこれまで以上に自由にモノが言える立場になったと思う。

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