岡本英夫のFPウオッチャーだより 第12回 私がCFP®ではない理由 ~企業内FPは継続がむずかしい 【2023年3月】

マイアドバイザー® 顧問 岡本英夫 (オカモト ヒデオ)さん による月1回の連載コラムです。
ファイナンシャル・アドバイザー(近代セールス社;2022年春号以降休刊)の初代編集長として、同誌でも寄稿されていたエッセイの続編的な意味合いのあるコラムとなります。

今回は第12回目です。

岡本英夫プロフィール

かつて金融機関でFP研修の講師を務めた際に主催者から「CFP®の岡本さん」と紹介され、講義の冒頭で訂正したことがある。
また、NPO法人がんと暮らしを考える会でFPとして相談業務に携わる際にも「FP相談はCFP®の有資格者ということに限定しましょう」と言われ「私はAFPしか持っていない」と答えると「えっ!」と驚かれてしまった。

近代セールス社・近代FP協会

近代セールス社の編集者だった筆者は、1984年に米国にFPという職業があることを知り、わが国の金融機関の行職員向けにFP養成事業を立ち上げたいと考え、企画書を提出した。
その甲斐あって2年後の86年1月、近代セールス社・近代FP協会が設置され、事務局長の肩書を得た。

同年3月には出版書籍「ファイナンシャルプランナー~金融総合サービスへの道」(大和証券経済研究所編著)を発行、10月には「第1回 米国FP事情視察団」(JTB主催、同行講師・川村雄介氏)を企画し、同行した。
翌87年4月、通信教育「ファイナンシャルプランナー養成講座」を開講、10月には月刊「ファイナンシャルアドバイザー」を創刊した。日本FP協会の発足が87年11月、金融財政事情研究会が金財FPセンターを設立するのが88年5月だったから、FP教育に乗り出したのは近代セールス社・近代FP協会が最も早かった。

このころの日本FP協会は独立系FPの養成が中心で、銀行、保険、証券などの金融機関は、金融財政事情研究会や近代セールス社、経済法令研究会のFP・FA養成講座か、自社開発の講座を修了すれば、FPを名乗ることができるというのが一般的だった。

第1回CFP®資格審査試験が変化の基点!?

流れが変わったのは93年5月に日本FP協会が実施した第1回CFP®資格審査試験以降である。
AFP、CFP®の名称が定着してゆき、金融機関もその取得を奨励するようになった。

実は第1回のCFP資格審査試験実施に際し、日本FP協会から近代FP協会の修了者の受験と、個人としての受験も促されたが、立場上、お断りした。
筆者自身、このころはFPと名乗っていた。
個人的にFP相談に応じていたし、会社から派遣される形で数年間、損害保険会社の契約者向けの相談に携わっていた。
企業のセカンドライフセミナーで、受講者のリタイアメントプランを作成したこともある。

94年、第1回FPフェアが東京千代田区の砂防会館で開催された。
パネルディスカッションでは伊藤宏一氏、天野隆氏とともにパネラーをつとめた。
出展社としても参加、FP手帳が数百冊売れたことも印象に残っている。

98年、近代セールス社は日本FP協会の認定教育機関になった。
このとき近代FP協会はFP事業部に名称変更した。
協会名を返上し、近代セールス社のFP部門としてAFP、CFP®の研修機関に特化したのである。

日本FP協会 認定講師・・・

以降、金融機関や保険会社でAFPやCFP®の受験対策講座を行うことになるが、筆者が講師を努めるときの肩書は「日本FP協会認定講師」というものだった。
その後、日本FP協会から認定講師制度は廃止するのでAFP資格を取得してほしいといわれ、2000年10月にAFP試験に合格した。
さらに、CFP®受験対策講座の講師を行うには、講義科目のCFP試験に合格していることが必要といわれ、FP概論・ライフプラン・リタイアメントプランニングを受験した。
CFP®は科目合格者である。

2002年、近代セールス社の取締役に選任される際、講師・執筆活動を控えるようきつく言われた。
社員時代も副業は禁止だったのだが、会社から大目に見てもらっていた。
今後はまかりならんというわけで、マネジメントに専念することになる。

以降、2010年の役員定年まで外部活動、FP活動は行っていない。
定年後、契約社員となったことで、再びFPとしての活動も始めたが、50歳代はFP業務には携わっていない。

FA誌の編集委員としてコラム等は執筆

ただし、50歳代の10年間、FA誌の編集委員として特集企画のアドバイスやコラム執筆などは行っていた。
営業サイドから要請があれば年に数回程度、銀行や保険会社で講演することもあった。

毎年のFPフェアには出店社のメンバーとして参加し、FP諸氏との旧交を温めていた。
傍目にはFPとして活動しているように見えたと思う。

というわけで、FA誌の編集には長らく携わってきたが、FP業務からは離れた時期がある。

組織人としてはやむをえないのである。

かつて銀行、証券、保険会社には若くて優秀なFPがいたが、企業内では様々な部署や役職を経験しながら出世していく。

FP業務に携わり続けることは専門職以外、困難なのである。

中途退職して独立系FPとして身を立てた人、定年退職後にFPとして復帰した人もいるが、金融機関内FPは継続することが難しいのである。

惜しいことだと感じている。

  • コメント: 0

関連記事

  1. フラット35で再び10割融資可能に【2014年 第3回】

  2. 来年から始まる 「こども版NISA(ジュニアNISA)」 ってなあに?【2015年 第1回】

  3. ハワイの不思議なスピリット「マナ」【2009年 第 8 回】

  4. 後見人等に選任された後、どうするの?【2013年 第4回】

  5. カーシェアリング【2009年 第 2 回】

  6. 日経新聞の景気指標を活用する アジア編 【2014年 第5回 】

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。