「もしも」に備える④~自分の最期について考える…延命治療・尊厳死【2011年 第21回】

【2011年 第21回】「もしも」に備える④~自分の最期について考える…延命治療・尊厳死 “終わり”ではない「エンデングート」

高原 育代(タカハラ ヤスヨ)⇒ プロフィール

闘病生活が長くなる場合、自分の最期のあり方について考える場面があるかもしれません。

おかげさまで、こんな風にコラムを書いていられることからもおわかりのように、その時の検査結果は良性のしこりということでした。

 

 

検査の結果を待つ自分自身と向き合う時間

検査の結果を待つ1週間は、大げさに言えば自分自身と向き合う時間を与えてくれたともいえます。その一方で、考えもぐるりと一周してしまうと、実際の日々は、ガンであった場合を想定して、家事や仕事についてのその後の段取りについて淡々と準備をしながら過ごしていました。

結果を聞くために受診する前日の夜には、「もしお母さんがガンだったらどうすればいいの?」と不安がる中3の娘に対しては、「とにかく治療するから大丈夫!ガンだからってすぐ死んじゃうわけじゃないんだから」などと返していました。

ドキドキしながら診察室に入ったわけですが、先生に向かおうとするが早いか、「大丈夫でしたよ!」とまず心情を察しての一言で胸をなでおろしました。
が考えてみれば、検査の結果は、自分が気にかかっているある一点に対してその時点の状態に対しての判断でしかありません。

そんな風に思うのは、もっと深刻なガンと闘っている人の様子を聞いているからかもしれません。

延命治療

手術やその後の治療を繰り返しても、自分の身体といえども思い通りにはならない…自分の最期について考えると眠れなくなってしまって、夜中に起き出して延命治療を拒否する手紙を書かれたそうです。

このコラムでご紹介しているノートの1ページに、「私の希望~治療・介護・看護が必要になったとき」という項目があります。私が企画・編集に携わったこのノートが完成した頃、その人自身もガンで闘病することになろうとは知るよしもなかったので、その人にも一冊差し上げました。

が、延命治療や尊厳死について、家族やかかりつけ医に対して正式にはどうすればいいのかと、間接的に相談されたとき、ノートだけでは実際の役には立たないのかもしれないという思いも持ちました。

日本では、尊厳死宣言(リビング・ウィル)という自己決定権を表明したとしても、必ずしもそれが自分の思った形でなされるとは限らないようです。
尊厳死宣言を厳密にするために、遺言と同様に公正証書にするという方法があり、それについて日本公証人連合会のHPに、記載および尊厳死宣言の公正証書の一例があるのでご紹介しておきます。

http://www.koshonin.gr.jp/index2.html

医療の現場では、少しでも命を長らえることを目的とする治療が続けられます。が、そこに自分の意思をどう表現し伝えるのかということに対して、どんな手段が正解なのかはわかりません。

ノートに書いておく、自分なりに手紙にする、公正証書にする…手段はどうであれ、大切なのは自分の考えを、信頼できる身近な人にきちんと伝えておくことなのではないだろうか、そのように思っています。

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