マイアドバイザー® 池田龍也 (イケダ タツヤ)さん による月1回の連載コラムです。
目次
【第13回】 池田龍也 の ちょっと気になるニュースから 「トランプ関税戦争って、そもそも何でそんなことするの?」
池田龍也⇒プロフィール
▼ アメリカの貿易赤字年間185兆円、過去最大に!
まずはこのニュースから。トランプ関税戦争の背景は、この一点から始まっている、といってもいいと思います。
<米商務省が2月5日発表>
2024年の貿易統計によると、モノの輸出額から輸入額を差し引いた貿易赤字額は前年比14・0%増の1兆2117億ドル(約185兆円)で過去最大となった。貿易赤字の相手国・地域別では中国が2954億ドルと最大で、日本は685億ドルで7番目に多かった。
トランプ大統領の関税戦争について、意見や評論、評価ではなく、まずは事実関係をきちんとおさえてみたいと思います。
▼ アメリカは消費大国
なぜこのような巨大な貿易赤字が発生しているのか。アメリカが消費大国だからです。GDPの70%が個人消費に支えられています。世界中から物を買って輸入し、それをアメリカ国民が消費しているわけです。消費が増えれば輸入も当然大きくなり、輸出との差し引きでみると、輸入超過、つまり貿易赤字というわけです。
この構造は、見方を変えれば、アメリカが世界中から物を買って、世界各国の経済を支えているという面もあります。この相互依存関係は、アメリカ国内から見れば、モノづくりを輸入先の国々に頼っているため、その裏返しとして、アメリカ国内の製造業は輸入品との価格競争で弱体化し、働く場も奪われている、という怒りにもつながっています。その怒りは「トランプ大統領にこの状況を何とかしてほしい」という支持にもつながっているようです。
「メイク アメリカ グレイト アゲイン(アメリカを再び偉大に!)」というスローガンも、こうした支持層に対するメッセージになっているわけです。
▼ トランプ大統領がめざすもの
こうした背景をおさえた上で、トランプ大統領の戦略は何なのかを見ていきたいと思います。ホワイトハウスが発信しているメッセージを見てみれば一目瞭然です。
<4月2日のホワイトハウスの発表文>
タイトル
米国の年間の物品貿易赤字が大規模かつ継続的に増加している原因となっている貿易慣行を是正するために、相互関税による輸入規制を実施する
(筆者の説明=貿易赤字への対策として関税による輸入規制に踏み切る)
内容
貿易赤字に表れている状況は、米国の国家安全保障および経済に対する異常かつ並外れた脅威を構成していると判断する。この脅威の源は、世界貿易システムにおける構造的不均衡にあり、私はここに、この脅威に関する国家非常事態を宣言する。
▼ 関税は手段であって、目的は輸入規制、そして貿易赤字の改善解消
日々のニュースや評論は、関税の税率や数字に振り回されていますが、トランプ大統領が言っていることはきわめて明快です。
つまり、簡単に言うと、アメリカは世界中から物を輸入して買っているのに、アメリカの貿易相手国は、アメリカの製品を同じように買ってくれていないではないか、それは不公平ではないか、といっているわけです。
ご承知のように、もちろん反論はあちこちで激しくあるわけですが、トランプ大統領が何を問題と考えて、何をしようとしているのかは明らかですし、きちんと説明しています。
この状況に対して「国家非常事態を宣言」というのですから、このままではたいへんなことになるので、本気で対策に乗り出す、ということです。それが今回の「関税戦争」のめざしているものだとはっきり説明しています。つまり貿易赤字の解消、あるいは改善、その先には、貿易相手国との、よくいわれるディール(取引あるいは交渉)も当然含まれるのだと思います。各国との取引や交渉は水面下で行われているため、分かりにくいだけなんだと思います。
ホワイトハウスのホームページ
▼ 関税戦争は、実は国家の安全保障に直結
さらにトランプ大統領は、以下のように続けています。
アメリカ合衆国大統領としての私の最大の責務は、国と国民の国家安全保障と経済安全保障を確保することです。
原文は上のリンクで見られますので、ご興味のある方はご覧になってください。(機械翻訳すれば日本語で読めます)長文なので著者の一存で簡単にまとめますと、
「貿易赤字の拡大はアメリカの製造業のみならず軍需産業の競争力を奪い、産業基盤の衰退につながっている。それはアメリカの経済と安全保障にマイナスの影響を与えているため、是正しなければならない。だから『国家非常事態宣言』を出して是正に乗り出した」
というわけです。論理明快、これを行動に移すと「関税戦争」になるというわけです。
ここでは経済と安全保障、軍需産業は完全にリンクする形で語られています。
▼ 40年前にはプラザ合意
実は、同じようなことが40年前にもありました。
1980年代、アメリカはいわゆる「双子の赤字」(財政赤字と経常収支の赤字)、高金利、ドル高にあえいでいました。一方で日本経済は調子がよく、アメリカへの輸出も多く、日米貿易摩擦という言葉が毎日のようにメディアを賑わせていました。
1985年、アメリカ経済を立て直すため、先進国5か国の蔵相たちがニューヨークの名門「プラザホテル」に集まり、それまでのドル高を是正することで合意しました。世にいう「プラザ合意」です。日本から参加したのは竹下蔵相でした。
その結果、急激な円高ドル安となり、輸出産業として日本経済を支えていた製造業は大打撃をこうむるわけですが、為替の変動を回避するべく、次々と工場を海外、特に人件費の安いアジアへ展開する流れになっていきます。
▼ 今回の関税戦争の行方は?
40年前のプラザ合意は、その後、世界や日本の経済構造を大きく変え、歴史的な大転換点だったわけですが、今回の「関税戦争」は、アメリカの貿易赤字をどうにかするために始まった点ではよく似た構図になっています。
40年前は、為替を円高ドル安にもっていくことで、あっという間に日本の競争力がそがれてしまい、日本は円高に耐えられる産業構造への転換を余儀なくされました。そして円高不況への対応として金利引き下げ、バブル発生、バブル崩壊、そして日本は「失われた30年+」という今に至っているわけです。「プラザ合意」を評して「第二の敗戦」という人もいるくらい日本経済にとっては大きな転換期でした。
かつてのプラザ合意のように、関税を引き上げるだけで世界の貿易構造を変えることができるのかどうかはわかりません。関税が上がると何が起きるのか、と想像すると、
→アメリカの輸入が減る→貿易の輸出入バランスは改善→貿易赤字減少
→アメリカの輸入品の価格が上がる→アメリカ国民が高いものを買うことになる
→企業によってはアメリカ国内での生産を検討、増産
論理的にはこのような効果や影響はあると思いますが、国際市場を考えた場合、それだけでは、アメリカの製品が世界で売れるようになるわけでもなく、急にアメリカ製品の競争力が高まることにもつながりません。アメリカの輸出を増やさなければ、貿易赤字の根本的な解消にはならないわけですが、そこについてはいまのところあまり言及されていません。
もともと自由競争、競争こそが経済活性化の原動力といっていたアメリカが、このような状況になっていること自体が、歴史的な転換点を迎えている証拠なのかもしれません。
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