マイアドバイザー® 顧問 岡本英夫 (オカモト ヒデオ)さん による月1回の連載コラムです。
ファイナンシャル・アドバイザー(近代セールス社;2022年春号以降休刊)の初代編集長として、同誌でも寄稿されていたエッセイの続編的な意味合いのあるコラムとなります。
岡本 英夫 ⇒ プロフィール
わが国のFPが黎明期にあった1980年代後半、最も求められる知識は金融商品と相続関連だった。中期国債ファンド、ビッグ、ワイドに加え、高利回りの国債定期口座、外貨投資口座、抵当証券などが次々と発売され、運用商品選択が中間層の話題となっていた。これに対応したのが前回紹介した(株)MMIで、1年、3年、5年間の年平均利回り等を比較して、新聞紙上や雑誌などに提供、単利と複利、年平均利回りの知識が必須だった。
この時期はバブルの醸成期で、株価と不動産の値上がりが続き、相続税の課税対象者が著しく増加。このニーズに応えるためには未上場株式や宅地等の相続税評価が必須で、とくに銀行、証券会社、保険会社等は生前贈与対策や生命保険の活用に特化した専門部署を設置して対応したが、行き過ぎたアドバイスが横行し、税務当局の顰蹙を買い、1988年の相続税改正につながった。
1988年の税制改正では相続税の基礎控除額が「2,000万円+400万円×法定相続人の数」から「4,000万円+800万円×法定相続人の数」と2倍に引き上げられたが、一方で法定相続人数に算入する養子の数を、「被相続人に実子がいる場合1人、いない場合2人」に規制した。また、「相続開始前3年以内に取得した不動産については相続税評価額ではなく取得価額により評価する(居住用を除く)」とされた。
その後も、相続税の改正は毎年のようにおこなわれ、基礎控除額は1992年に「4,800万円+950万円×法定相続人の数」に、94年には「5,000万円+1,000万円×法定相続人の数」に増額された。同年には配偶者の税額軽減も「配偶者の法定相続分相当額か8,000万円」から「配偶者の法定相続分相当額か1億6,000万円」とされ、税率構造も緩和された。この基礎控除額は2015年に「3,000万円+600万円×法定相続人の数」となるまで続いた。
資産運用、相続アドバイスの曲がり角
資産運用アドバイスを大きく変えたのは、1988年3月末をもってマル優、特別マル優、郵便貯金、財形貯蓄の非課税制度が原則廃止されたことである。非課税が認められるのは65歳以上の高齢者、母子家庭、障害年金の受給者等と、住宅、年金財形に限られることとなった。加えて、それまで譲渡所得、一時所得、雑所得等に該当するということで一定金額の利息相当部分まで非課税となっていた金融類似商品が20%の源泉分離課税とされた。
これにより、抵当証券、外貨投資口座、5年以下の一時払い養老保険が姿を消したが、逆にビッグやワイド、5年を超える一時払い養老保険は人気商品となった。また、株式や公社債投資信託、最低預入金額が引き下げられた大口定期預金やMMCも残高を伸ばしていった。さらにはバブルの進展により株式投資、不動産投資、ワンルームマンション投資が法人・個人を問わず人気を博していった。
相続対策では、養子縁組や居住用不動産の配偶者控除、不動産の有効利用、土地の時価と相続税評価額の乖離と借入金による債務控除を利用した諸対策、一時払いの変額保険や終身保険を使った納税資金対策などが広範囲におこなわれた。従業員持株制度や子会社を設立しての事業承継対策などは証券会社が得意とし、ケースによっては銀行、保険会社、証券会社がタイアップしながら資産化対策をおこなうことも少なくなかった。
バブル崩壊で金融機関の資産家対応に批判
1988年の税制改正対応では前述の相続税の大改正がおこなわれた。1989年12月日経平均株価は3万8,915円87銭を付けた。同じ12月に成立したのが「土地は、投資的取引の対象とされてはならない」という立法趣旨に基づく土地基本法である。これをもとに、それまでの公示価格と路線価、固定資産税評価額の評価水準が見直され、路線価は公示価格の50%前後から80%に、固定資産税評価額は公示価格の20%から70%に見直されることになった。
また、3大都市圏の市街化区域内農地の宅地並み課税や監視区域内での投機的取引に対する都道府県知事の中止勧告等の改正も、この土地基本法をもとにおこなわれることになった。さらに個人・法人の譲渡益課税の強化、長期譲渡所得の税率を39%(うち住民税9%)、短期譲渡所得は実に52%という課税強化もおこなわれたのである。
これに輪をかけたのが1989年12月に就任した三重野日銀総裁である。「日本の株価と地価を半分に下落させる」と宣言。これを側面から支援したのが90年3月の大蔵省による「不動産融資総量規制」である。日経平均株価は89年12月の最高値から10か月後の90年10月には2万円を割り込んだ。総量規制は91年3月末まで続き、不動産神話は崩壊、大量の不良債権を残すことになった。
バブル崩壊により、金融機関のFP対応に批判が集まるようになる。銀行でいえば、不動産担保を絶対視した安易な融資、保険会社と結託した一時払い保険料融資、芸術的ともいえる事業承継対策等々、当初は相続税対策の効果のあったさまざまな対策が、税規制の強化で無に帰した。金融機関内部でもこれらが不良債権醸成の温床とされ、金融機関のFP対応は鈍化どころか、後退したのである。
次回は「第2期=住宅ローン借り換え、生命保険見直し」について紹介する。

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